メッセージ 2021年 初夏号(20215)

 

ともに働いて益となるために

                                      牧師 山村諭

神を愛する人たち,すなわち,神のご計画に従って召された

人たちのためには,すべてのことがともに働いて益となるこ

  とを,私たちは知っています。    ローマ人への手紙8章28節 

 

                    2021年度年間主題聖句として                  

 2月の教会総会において上記のロマ書の御言葉を年間主題聖句として掲げこのように解説を記しました。「愛する神は,私たちとともに働いて,すべてが益となるように計らってくださいます。コロナ禍の世界の苦しみを神ご自身もともに苦しみ,ことばにならないうめきをもって執り成していてくださいます。この神が私たちの味方です。神とともに働く者として「交わり(コイノニア)と愛のわざ(ディアコニア)に励み,この地に神の国の祝福をもたらすために」仕えて参りましょう」。                                          

  ローマ8章28節の御言葉は,「神さまが最終的には良きに計らってくださるから大丈夫だ」ということ以上のことを語っています。28節に用いられている「ともに働く」という動詞は,「だれかとともに働く」という意味の言葉です。                                                                                          

 それゆえ28節はこのように訳すこともできます。「神は,すべてにおいて益となるように,神を愛する 人々とともにお働きになる」。神だけが人と無関係に働くのではなく,弟子たちだ けが働くのでもなく,神は人とともに 働いてご自身の 御業を行われるのです。                            

 

神さま任せの責任放棄ではなく

   神さまが何とかしてくださるから大丈夫。この信頼は大切です。しかしそれは,今起きている事柄に無頓着でよいということにはなりません。「悪いこと・悲惨なこと」に覆いを掛けて,神さまが何とかしてくださるというなら,御言葉を生きることになりません。 自分たちを単なる受益者の立場において,神が益をもたらすことを期待するのは,神さま任せの責任放棄です。主の御言葉は,私たちを傍観者にしようとはさせません。「よいことのために,ともに働こう」と,神は私たち一人一人をともに働く当事者として招いておられます。 

 

神の御心を確信して人事を尽くす歩みを

 私たちは教会総会において「会堂の建替えをおこなう」ことを決議しました。これまでの会堂に関する取 り組みを振り返り,現状を認識した上で,将来像につ いての最善の計画を求めた結果として導かれた「会堂の建替え」です。ここに神の御心があると信じて,新 会堂建築に向かっての第 一歩を踏み出しました。                                     

 コロナ禍の今に大きな事業に乗り出す不安はあります。慎重でありたいとも思います。でもこの計画は神ご自身から出たものであると確信します。この地で福音の拠点として私たちの教会が使命を果たし続けるために,今,神が私たちに示してくださった大きな働きです。それゆえ私たちは,このことのために「天命を信じて人事を尽くす」歩みをしたいと願います。                                     

   神は,ご自身の目的・ご計画のために,私たちとともにお働きになる方です。ともに教会の交わりを建て上げ,この地に神の祝福をもたらすために,神とともに私たちも主の業に仕えて参りましょう。

 

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メッセージ 2020年_冬号(202012)

 

 but He was sleepingマタイの福音書8章24節)     

 

                           牧師 山村諭 

すると見よ。湖は大荒れとなり,舟は大波をかぶった。ところがイエスは眠っておられた。 (マタイの福音書8章24節)

     

イエスさまは眠っておられた

 この秋に絵を買いました。牧師室に飾っています。作者は,ホンダマモル氏。高校時代からの信仰の友で,同盟教団の牧師でもあった彼は,今,アーティストとして活動しています。年に2回,個展を開いています。この絵に心が動かされ,慰めを与えられました。

 

 彼の作品には「ストーリー」がつけられていて,このようなことばが添えられています。

イエスさまは舟の上

大風と荒波のなかで眠っておられた

そしてことばひとつで 嵐を静めてしまった

これはもう

この方のそばにいれば

なにがあっても大丈夫ということだ

 

 コロナ禍の2020年,世界中が大風と荒波に翻弄されています。あらゆる所で,共に集うこと,共に食すること,共に歌うことが制限され,学校も職場も急激な変化の中にあります。教会もこれまで通りには活動できない状況です。何よりも共に集まること,共に歌い,共に主の聖餐に与ることを大切にしてきた私たち教会にとって,今は試練の時です。教会の交わりがバラバラになってしまうかのような思いにもなりました。

 大荒れの湖に浮かぶ小舟は,今にも転覆しそうに思えます。しかしイエスさまは,その舟の上で眠っておられるのです。大風も荒波もイエスさまの安眠を妨げる恐怖や不安とはならないのです。

 必死に舟を操ろうとする弟子たちは,荒波に翻弄されながら,「主よ,助けてください。私たちは死んでしまいます」と叫びました。私たちにも弟子たちと同じ叫びがあるかもしれません。

 

ことばひとつで嵐を静めてしまった

 しかし主は「どうして怖がるのか」と言われ,起き上がると,風と湖を叱りつけ,嵐を静めてしまいました。弟子たちには手に負えないことでしたが,神である御子イエスに不可能はありません。天地を造られた神は,今のこの時も治めておられます。

 

この方のそばにいれば大丈夫

 イエスさまが,荒波に翻弄される私たちと共におられます。この方は「インマヌエル」(神が私たちとともにおられる)という名前で呼ばれるお方です。どのような時にも神がともにいてくださるのです。「この方のそばにいれば なにがあっても大丈夫」。大丈夫なのです。忍耐の時は続きますが,この方のそばにいれば大丈夫です。主の祝福がありますように。                        

 

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メッセージ 2020年_夏号(20208)

 

要の石となったキリストこそ,私たちの平和

 牧師 山村諭   

イエスは彼らを見つめて言われた。「では、『家を建てる者たちが捨てた石、

それが要の石となった』と書いてあるのは、どういうことなのですか。 

 ルカの福音書20章17節   

 

ぶどう園の農夫のたとえ

 エルサレムに入城し,宮きよめを行って神殿を「占拠した」主イエスは,宮で毎日福音を宣べ伝えました。

白分たちの場所を奪われたと感じた祭司長や律法学者たちは,イエスを排除しようと狙っていました。そのような緊張感の中で「ぶどう園の農夫のたとえ」は語られました。

 主人は農夫たちにぶどう園を貸して長い旅に出ました。収穫の時になってその利益を納めさせようとしもべを遣わしましたが,農夫たちはそのしもべを打ちたたき,傷を負わせて追い返したのです。何度もしもべを送りましたが,その度にしもべは痛めつけられ追い返されました。ついに主人は「愛する息子」をぶどう園に遣わしますが,農夫たちは息子を殺してしまったという話です。

 このたとえ話を聞いていた人々は「そんなことが起こってはなりません」と反応しました。主人の思いが踏みにじられ,暴力と殺人が繰り返されることに抗議したのです。

 

家を建てる者たちが捨てた石が要の石に

 人々のこの反応に対して,主イエスは冒頭の御言葉を語りました。「『家を建てる者たちが捨てた石,それが要の石となった』と書いてある」。すでに聖書は「そんなことが起こる」ことを語っているのではないかという問いかけです。家を建てる者たちが,要らないといって石を捨てることが起こる。そこにイエスの十字架が示唆されています。さらにその石が要の石となることはイエスの復活と高挙,救い主としての統治を示唆しています。要の石によって,人はしっかりと組み合わされて,神さまに向かって建て上げられていくのです。

 

この要の石こそ,私たちの平和

 イエス殺しを企む祭司長や律法学者たちは,農夫たちの姿に自分たちが重ねられていることに気づきました。「そんなこと」を起こそうとしている自分たちであることを示されたのですが,それで晦い改めるはしませんでした。自分たちの理解に留まり,神の問いかけを拒み,イエスを十字架に捨てることになるのです。

 この捨てられた石が要の石となりました。この石であるキリストが,あらゆる敵意を取り除いて,互いに組み合わされ,共に建て上げられる関係を私たちの世界にもたらしたのです。

 使徒パウロはエペソの教会にこう書き送りました。

 「実に,キリストこそ私たちの平和です。キリストは・・・ご自分の肉において,隔ての壁である敵意を打ち壊し・・・平和を実現し・・・。あなたがたは・・・使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられていて,キリスト・イエスご自身がその要の石です。このキリストにあって,建物の全体が組み合わされて成長し,主にある聖なる宮となります」(エペソ2:14-21)

 憎しみ,怒り,争いが蔓延し,様々な壁が築かれている世界です。すべての者が大切にされ,ともに築き上げられる関係をもたらす要の石こそ,この世界にまことの平和をもたらす救い主です。平和を求めて祈りましょう。

 


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